先生のひとりごと

それはほんとうに子どものため?

恭子先生
恭子先生
みなさん、こんにちは。

シンクス上永谷教室、阪東橋教室の教室長 菅野恭子です。

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「どうして勉強しないといけないの?」
子どもにこんな質問を投げかけられたとき、みなさんはどう答えますか?

答えに戸惑った経験のある方はいらっしゃいませんか?

実は、私もさっぱりわからなくなることがあります。

どうして勉強するのか

以前、偶然手にとった雑誌に、この質問に触れた記事が掲載されていました。『子どもへのまなざし』で有名な佐々木正美先生の書かれたものです。


佐々木先生は、どうして勉強するかと聞かれたら、

「あなたの友だちや周りの人たち、自分にとって大切な人を幸せにするためだよ」

と答えるそうです。

そして、子どもは、親の愛情を無条件で受け取ることができれば、自然と誰かを幸せにしたいという気持ちになる、とも。このサイクルができていれば、子どもは意欲的に学習に取り組むようになるし、恐れることなく自分の道を歩いていくことができるというお話でした。

なぜ勉強したくなくなるのか?

親は単純に子どもがかわいいものです。だから、このサイクルは自然にできあがるような気もします。しかし、佐々木先生は、現場での長年の経験から、現代ではそう簡単にはいかないと指摘しています。

夢がない、やりたいことが見つからない、という子が多いことを見ても、たしかにそのとおりなのでしょう。

では、その原因はどこにあるのでしょうか?

どうも、親の自己愛の強さがその一因のようです。親の自己愛が強まると、子どもに対しての願望や要求が強くなりがち。その結果、子どもがそのハードルを越えられないと、責めたり拒絶したり。すると、子どもの側もおどおどしてしまい、本来の自分を親にさらけ出すことができなくなってしまいます。

親に与えられたレールの上を、ただ歩くしかない。これでは夢ややりたいことが見つからないのも当然ですよね。

意外とあるかも 親の自己愛

 (自分のために)成績がよい子であってほしい。(自分のために)運動もできる子であってほしい。(自分のために)人前に出して恥ずかしくないルックスの子であってほしい。ここまで露骨な願望はそうないと思いますが、このような子どもに育てることができたら、「子育てに成功したよき母」というセルフイメージを確立することができ、自己愛も満たされることでしょう。しかし、自己愛から生まれるゆがんだ愛情は、ある程度の年齢まではよい子を育てることができるかもしれませんが、結果として子どもの意志を奪ってしまうのではないかと思います。

たとえば、もの作りが好きで将来は大工さんになりたいと言う子に、大工さんよりも建築家がいいわよ、建築家を目指しなさいと言ったり。動物好きで将来は動物園の飼育員になりたいという子に、獣医さんのほうがいいわよ、獣医さんを目指しなさいと言ったり。

体を動かして何かを作り上げることが性に合っている子に、じっと集中して図面を描くことは向きません。おしつけられた建築家という姿には、子どもは何ら興味がないかもしれませんよね。当然意欲もわいてこないでしょう。

やや極端かもしれませんが、子どもの心を無視して、親の希望をやんわりと押し付けることは、日常よくあることではないでしょうか。

ほんとうに子どものため?

子どものためと思ってしていることは、本当に子どものためか。自己愛からのものではないか。

一度、立ち止まって吟味してみるのもよいかもしれません。自己愛を手放すことができたとき、その親子ならではの「どうして勉強しないといけないの?」に対する答えが見えてくるのではないかと思います。